北海道

野付半島の旅行ランキングやオススメ観光スポット案内や地図・見どころや名所紹介

おすすめポイント

野付半島は北海道の道東にある全長26キロメートルの釣針の形の小さな半島です。

野付半島はトドワラやナラワラといった自然が多く存在しています。

半島に生えるトドワラやナラワラは野付半島ネイチャーセンターの建物がありその裏手から続く遊歩道をおよそ30分ほど歩いて行くとたくさんのトドワラやナラワラを見ることが出来ます。

かつてまだ野付半島が森だった頃トドマツが生えており、それがやがて地形の変化によって海水の浸食と潮風に晒されるようになり朽ち果ててしまったのです。

ただそれが多くの観光客には荒涼とした景色に映りこの世のものではない風景が展開するということで、景勝スポットとなったという経緯があります。

そんなトドワラやナラワラもさらに大半が風化のため倒木しており、かなり数が少なくなってしまっています。

トドワラやナラワラ以外にも霧の向こうの方にほんのりと浮かぶ打瀬舟の風景も絶景として知られています。

野付半島自体は、近年砂の流出が激しく、温暖化に伴う海面の上昇が起こっており半島の幅が狭くなり道路の近くまで海面が近づいてきてします。

このままの状態が続いていくと、近いうちに野付半島自体が半分沈んでしまい半島が島になってしまうことが心配されています。

グルメ情報

野付半島のネイチャーセンター内には食堂があります。

もともとの場所が海のそばであることから海の幸を中心にメニューが決まっています。

中でも人気があるのがホタテバーガーです。

ホタテをふんだんに使ったハンバーガーはこの地でしか食べることが出来ない魅力的な食べ物です。

バーガーには500ミリリットルの牛乳も付いています。

値段は650円になります。

また、くなしり定食もあり海の向こうになる日本領の国後島を見ながら食べると哀愁が漂ってきます。

さらにさしみ定食や定番の海幸丼やうに丼、磯ラーメン、大漁ラーメンなどのメニューだけでなくジャンボホタテのバター焼きやエビの踊り食いなどのメニューも用意されています。

半島にあるネイチャーセンタよった際にはぜひ食べておきたいメニューです。

お土産として喜ばれるのは飲むヨーグルトです。

野付半島というと海ばかりが思い浮かびますが西側を見ると果てしない平原が広がっておりそこに牧場があります。

牧場でとれる牛乳は新鮮で、同時にヨーグルトも人気があります。

それ以外にもべつかいのミルクチーズケーキがあります。

5号ぐらいの大きさのケーキで別海町バター100%使用したクリームチーズケーキでお土産にも喜ばれますし、自分で食べてもいいでしょう。

観光地の見どころランキング・1位

本別海一本松は野付半島より南にある一本松です。

ちょうど244号線を南に下っていくと見えてきます。

この本別海一本松は最初から一本松というわけではありませんでした。

実は、明治7年に人工的に植生していたものなのです。

植生した当時は1本だけではなく2・3本ありました。

しかし、時間が経過するとともに松が風化してダメになっていき、最終的に厳しい海風や雪そして気温に耐えることが出来たのは1本のみなのです。

本別海一本松の魅力のひとつはその樹齢です。

明治7年に植えた時点ですでに130年ほどが経過していますが植えた時すでに10年ほどは成長しており推定樹齢は140年ほどと言われています。

また周りには広い平原が広がっており、そこにぽつんと1本だけ生えている松はなんだかとても哀愁が漂うと同時に見る人を魅了するのです。

観光地の見どころランキング・2位

野付の千島桜は日本一遅く咲く桜として有名です。

千島桜は、北海道や南千島に多く生息していますがそのうちの一つが野付の千島桜になるのです。

野付の千島桜の特徴は他の桜の種類と比べてもとても背が低いことです。

この低い背丈こそ厳しい環境の中で成長するために必要なものなのです。

現在、野付小学校にある野付の千島桜は、明治39年頃に当時小学校3年生だった生徒達が移植したものです。

当時は3本移植したのですが長い年月とともに枯れてしまった桜もあり現在残っているのは1本のみです。

ちなみに千島桜の樹齢を逆算すると推定樹齢は100年~110年であることがわかります。

桜の開花時期は遅く、本州などではすでに桜が散ってしまっている5月中旬から下旬頃白や淡紅色の花が開花しますので5月中旬から下旬に野付付近に行く場合は立ち寄ってみてもいいでしょう。

観光地の見どころランキング・3位

半島には野付通行屋遺跡があります。

この野付通行屋遺跡は半島の最先端にある遺跡です。

通行屋というと関所のようなイメージがありますがそんなことはなく土塁や貝塚・墓石・井戸の跡などがあります。

現在のところこの野付通行屋遺跡で約1万点の遺物が確認されています。

このことから 古くは縄文時代には半島に住んでいた人たちがいたことがわかります。

また、遺跡付近には江戸時代にも村があったとされています。

その証拠に18世紀に択捉島に渡った近藤重蔵も帰りに野付の通行屋遺跡付近にある宿に宿泊しています。

その後18世紀終わりには江戸幕府により国後島へ渡るための通行屋が設置されたことが確認できます。

幕末になるとロシアが南下政策をとるようになりそれに備えるために監視役として常駐している武士もいたのです。

このように、半島にも人が住んでいたということがわかる興味深い遺跡なのです。

まとめ

半島には野付通行屋遺跡があります。

この野付通行屋遺跡は半島の最先端にある遺跡です。

通行屋というと関所のようなイメージがありますがそんなことはなく土塁や貝塚・墓石・井戸の跡などがあります。

現在のところこの野付通行屋遺跡で約1万点の遺物が確認されています。

このことから 古くは縄文時代には半島に住んでいた人たちがいたことがわかります。

また、遺跡付近には江戸時代にも村があったとされています。

その証拠に18世紀に択捉島に渡った近藤重蔵も帰りに野付の通行屋遺跡付近にある宿に宿泊しています。

その後18世紀終わりには江戸幕府により国後島へ渡るための通行屋が設置されたことが確認できます。

幕末になるとロシアが南下政策をとるようになりそれに備えるために監視役として常駐している武士もいたのです。

このように、半島にも人が住んでいたということがわかる興味深い遺跡なのです。