おすすめポイント
小江戸川越は、江戸時代に北の守りとして親藩譜代の川越藩が置かれた城下町で、江戸幕府にとって大変重要な場所でした。川越藩は格式も非常に高く、また政治経済の両面で江戸との交流も深かったため、小江戸川越には江戸の文化が深く根付いています。
さらに、関東大震災や第二次大戦の空襲の被害を免れたため、今でも落ち着いた江戸情緒が色濃く残っている街でもあります。
関東では鎌倉、日光の次に文化財が多く、町全体も歴史都市として認定されています。
最近では江戸情緒を求めて外国人観光客も多く訪れるようになりました。
百年以上前から時を告げ続けている、小江戸川越のシンボル「時の鐘」。
その下に続く蔵造りの街並みを歩くと、駄菓子や工芸品、いもようかんやうなぎのお店が並び、どこか懐かしい気持ちになってきます。
重要な建築物もたくさん見ることができます。
川越城本丸御殿は、1848年からその見事な姿を保っています。
近くには美術館や博物館もあり、最新設備で楽しく小江戸川越の歴史や文化を学ぶことができます。
川越の総鎮守である氷川神社もこの近くにありますが、有名な川越祭りはこの神社の例大祭です。
川越大師とも呼ばれる喜多院は、文化財の宝庫。
また徳川家とも大変ゆかりのあるお寺です。
成田山別院も近くにあり、武蔵野の緑豊かなエリアでもあり、四季折々に様々な花が心を和ませてくれます。
グルメ情報
江戸情緒豊かな小江戸川越では、伝統的な懐石料理の割烹料亭も多くあります。川越の料亭には文人墨客が多く訪れています。
格式のある建物で、心静かに頂く四季折々の味はまた格別です。
また小江戸川越では、うなぎ料理のお店が多いです。
肉食を禁じられていた江戸時代、川越の人々は入間川等の鯉やうなぎを特産の醤油で料理して食べていました。
それぞれのお店で昔から受け継がれる秘伝のたれがあり、美味しいうなぎを頂くことができます。
さつまいも料理の店もあります。
昔はただ焼き芋にしておやつにしていましたが、小江戸の研究熱心な料理人たちによって、いも膳やいもそば、いもうどん等の料理が供されるようになりました。
B級グルメでは、太麺焼きそばが一押しです。
川越では昭和のころから、子供たちのおやつとして広く食べられてきました。
お店によって麺やソースに違いがあります。
小江戸川越では、明治大正の頃に創業した、レトロな洋食屋さんも残っています。
有形文化財の洋館で頂く西洋懐石も素敵ですが、オムライスやナポリタンといった定番メニューを30年前から出しているお店も人気があります。
この他、珈琲店や甘味処にもレトロなお店が多く、散策の合間に贅沢な時間を過ごすことができます。
観光地の見どころランキング・1位
時の鐘は小江戸川越のシンボルです。川越に鐘が来たのは、甲斐国都留群谷村藩主が川越に転封された時ですが、鐘楼は400年前に川越藩主酒井忠勝が創建したと言われています。
川越の町は江戸時代から何度か大火に見舞われていますが、時の鐘の鐘楼や鐘もその都度作り直されてきました。
今の時の鐘は4代目で、高さは16mで三層構造になっています。
明治26年の大火の後に建築されたもので、当時の小江戸川越の商人たちは、自分たちの店の再建を後回しにして時の鐘を立て直しました。
当時の時の鐘の再建には、川越で晩年過ごした渋沢栄一の援助や、明治天皇の下勅金もありました。
時の鐘は一日4回、人々の暮らしに寄り添いながら、今も変わらず時を告げています。
その響きは、「残したい日本の音風景100選」に平成 8年に認定されました。
観光地の見どころランキング・2位
一番街は、時の鐘の近くにあり、蔵造りの建物が趣深く立ち並ぶ通りです。この通りは、川越藩主松平信綱の時代に町割りされて作られました。
一方で、大火の多かった江戸では瓦屋根の土蔵造りが盛んに建てられていましたが、商人どうしの交流が深かった川越でも、商家の建物は重厚な蔵造りに建て替えられていきました。
黒いしっくいの壁に鬼瓦の屋根のがっしりした格式高い建物は、一軒ごとにデザインが違い、商家の心意気の強さを感じます。
1792年築の大沢家住宅は、重要文化財として指定されています。
この地区には大正時代に建てられた埼玉りそな銀行の洋館も残っています。
また蔵造り資料館は、昔の煙草問屋の建物を利用したもので、蔵造りの建物の仕組みや、一番街のそれぞれの建物の配置等が理解できるように作られています。
観光地の見どころランキング・3位
菓子屋横丁は、明治初期の1796年に、鈴木籐左衛門という菓子職人が江戸っ子に受けそうなお菓子を作ろうとこの地で菓子作りを始めたことがそもそもの始まりです。外見は工場のようで、お菓子屋さんの店構えではなく、甘い香りだけが町中に流れていたとか。
商売は繁盛しお弟子さんも増えていき、1930年頃にはのれん分けしたお店が70店舗ほど並んでいました。
今の菓子屋横丁の店主のおじいさんにあたる人達です。
菓子屋横丁では、カラフルなガラスを埋め込んだ石畳の道の両側に、昔ながらの技法を用い変わらぬ味を守り続けるお菓子屋さんが20店舗ほど軒を連ねています。
鈴木藤左衛門の直系にあたる松陸製菓では、黒糖飴や麩菓子棒を始め芋羊羹等様々なお菓子が並んでいます。
稲葉屋ではくずゆが自慢で、紫芋まんじゅうやいもどーなつ等も人気です。
菓匠かとうでは大正時代から羊羹を作り続けていて、蔵まんじゅうが大人気。
お花や時の鐘をデザインしたオリジナル羊羹も可愛いです。
まとめ
菓子屋横丁は、明治初期の1796年に、鈴木籐左衛門という菓子職人が江戸っ子に受けそうなお菓子を作ろうとこの地で菓子作りを始めたことがそもそもの始まりです。外見は工場のようで、お菓子屋さんの店構えではなく、甘い香りだけが町中に流れていたとか。
商売は繁盛しお弟子さんも増えていき、1930年頃にはのれん分けしたお店が70店舗ほど並んでいました。
今の菓子屋横丁の店主のおじいさんにあたる人達です。
菓子屋横丁では、カラフルなガラスを埋め込んだ石畳の道の両側に、昔ながらの技法を用い変わらぬ味を守り続けるお菓子屋さんが20店舗ほど軒を連ねています。
鈴木藤左衛門の直系にあたる松陸製菓では、黒糖飴や麩菓子棒を始め芋羊羹等様々なお菓子が並んでいます。
稲葉屋ではくずゆが自慢で、紫芋まんじゅうやいもどーなつ等も人気です。
菓匠かとうでは大正時代から羊羹を作り続けていて、蔵まんじゅうが大人気。
お花や時の鐘をデザインしたオリジナル羊羹も可愛いです。