大阪府

八尾の旅行ランキングやオススメ観光スポット案内や見どころや名所紹介

おすすめポイント

八尾市(やおし)は、大阪府中河内地域に位置する市で、特例市に指定されています。

大阪の市街地・梅田からは電車で30分でアクセス可能で、JR大和路線のほか近鉄大阪線でも乗り付けることが可能です。

市の東部は高安山をはじめとする急峻な生駒山系があり、奈良県との府県境を形成しています。

市の南端を大和川が流れるほか、旧大和川水系である長瀬川、玉串川などの小河川も流れています。

飛鳥時代には物部氏との関わりが深く、奈良時代以降では難波と大和国を結ぶ中継地として栄えたことにより、街が発展した当時の町並みも色濃く残っています。

古墳学習館や図書館、歴史民俗博物館・プリズムホールなど文化的な施設も多く、また神社・仏閣も穴太神社・天照大神高座神社・恵光寺・恩智神社など歴史的な建物も非常に多いため、観光・歴史散策などさまざまな楽しみ方ができる街です。

また、金剛生駒紀泉国定公園や久宝寺緑地といった大きな公園もあり、高安山には高安城跡や高安山気象レーダー観測所があったり、楽音寺・大竹古墳群・心合寺山古墳・高安古墳群など奈良飛鳥時代に栄えた跡である古墳も多く見ることができるため、見て・歩いて・遊んで楽しむことのできる、魅力ある街です。

グルメ情報

八尾市といえば、特産品として、若ごぼう・紅タデ・恩智いちご・八尾えだまめなどがあげられます。

まずは葉・軸・根の全てを食べられる、シャキシャキとした独特の歯ざわりが心地よく、早春の香り豊かな若ごぼうですが、1束で和風ごぼう膳(葉の煮浸し、軸と根のかき揚げ、炒め煮、炊き込みご飯、味噌汁)、洋風フルコース(葉・軸・根のコンソメスープ、肉と卵いため、軸を使ったパスタ、軸・根のささみサラダ)など、たくさんのアレンジ料理が楽しめます。

次に、大きく張った実とたっぷりの甘みが自慢の八尾えだまめは、消費地大阪にあり卸売り市場に近いという地域性も味方して鮮度が求められるえだまめの産地として人気を博しています。

昭和の終わりごろまで、全国シェアの9割が久宝寺産のたでで占められていたと言われている紅たで。

都市化に伴い農家数が減少したため生産量が減少してしまいましたが、現在でも4軒の農家が栽培を続け、近畿地方では一番の紅たでの産地として知られています。

また、いちごの産地・恩智いちごも外せません。

この地域でとれたいちごは勿論、農園で行われるいちご狩りは、ぜひシーズンに訪れてその絶品ないちごの甘みを味わってください。

観光地の見どころランキング・1位

旧植田家住宅は、旧大和川主流である長瀬川左岸(旧大和川の左岸)にあり、宝永元年(1704年)の大和川付替えによって開発された「安中新田」の会所(屋敷)の地を継承したものです。

旧植田家住宅の主な建造物としては、主屋、道路に面し周囲を区切る表門とその右脇の土蔵、奥の主屋と接続する土蔵、控舎(番部屋)などがあります。

「会所屋敷」の建物は、大和川付け替えによる新田開発以降の建造物となり、主屋と道路に面した側の土蔵は江戸時代後期のもので、主屋の土間部分は会所当時の姿を留めている可能性があります。

また、表門と控舎は明治中期、奥の主屋につながる土蔵は大正後期の建築と考えられます。

大阪府下にあった新田会所の多くは失われており、会所の建物と地を継承した旧植田家住宅は、江戸時代の集落の成立とともに高く評価され、現在の歴史景観からみても貴重な建造物といえます。

観光地の見どころランキング・2位

久宝寺緑地は、服部・鶴見・大泉と並ぶ大阪4大緑地のひとつです。

甲子園球場の約10倍の広さを誇る久宝寺緑地園内には、「花の広場」や「ファミリー広場」などの憩いのスペースに加え、本格的なスポーツ施設が勢揃いしています。

バーベキューもでき、芝生広場、遊具がある大きな公園です。

遊具は「まいまい広場」「もくもく元気広場」と2か所あります。

「まいまい広場」には、滑り台やブランコ・砂場や、ちょっとしたロッククライミング、ゲートで仕切った「よちよちランド」という4歳未満しか入れない幼児スペースもあります。

また「もくもく元気広場」には、アスレチックと滑り台の複合遊具と、ゲートで仕切ったシーソーや砂場のある幼児スペースがあります。

夏にはプールもありますので、子供連れの方には久宝寺緑地は遊び甲斐のある公園です。

観光地の見どころランキング・3位

室町時代から戦国時代にかけて、蓮如上人が親鸞聖人の教えを人々に説き、本願寺の興隆の礎をつくりました。

久宝寺村で布教し、その盛況な様子は「帰するもの市のごとし」と伝わっています。

蓮如上人は、久宝寺御坊として現在親しまれている顕証寺の前身、西証寺を建立しました。

その後、蓮如上人の息子実順や蓮淳によって、久宝寺寺内町の町並みが整えられていきました。

久宝寺寺内町の町並みは大阪府内有数の規模を誇り、現在も白壁や『むしこ窓』、碁盤の目のような路地など伝統的な町並みがいにしえの風情を偲ばせます。

久宝寺寺内町内にあるまちなみセンター(寺内町ふれあい館)は、久宝寺寺内町の歴史的遺産の継承とまちづくりについての地域活動の拠点です。

久宝寺寺内町のほか、八尾寺内町、萱振寺内町があり、3つもの寺内町が残っているのは大阪府内でも貴重な存在です。

まとめ

室町時代から戦国時代にかけて、蓮如上人が親鸞聖人の教えを人々に説き、本願寺の興隆の礎をつくりました。

久宝寺村で布教し、その盛況な様子は「帰するもの市のごとし」と伝わっています。

蓮如上人は、久宝寺御坊として現在親しまれている顕証寺の前身、西証寺を建立しました。

その後、蓮如上人の息子実順や蓮淳によって、久宝寺寺内町の町並みが整えられていきました。

久宝寺寺内町の町並みは大阪府内有数の規模を誇り、現在も白壁や『むしこ窓』、碁盤の目のような路地など伝統的な町並みがいにしえの風情を偲ばせます。

久宝寺寺内町内にあるまちなみセンター(寺内町ふれあい館)は、久宝寺寺内町の歴史的遺産の継承とまちづくりについての地域活動の拠点です。

久宝寺寺内町のほか、八尾寺内町、萱振寺内町があり、3つもの寺内町が残っているのは大阪府内でも貴重な存在です。