おすすめポイント
明治維新が起きるまでは防長二州の中心地として栄えていた萩市は今でも当時の萩城城下町の名残が多く残っている場所です。萩市で特に特徴的だといえるのが1863年頃に住民達そして武士の妻や奥女中などもこぞって積み上げたという土塀です。
外国船からの攻撃に備えて作られたこの土塀は当時のまま残されており、長さは50m、高さ3m、幅12mで、建設する時に女性も多かったことから女台場という名で呼ばれています。
この時に作業する時の景気づけに歌われていた民謡が現代も残る男ならという曲です。
そして人気観光地の一つがホルンフェルスです。
国指定名勝地である須佐湾にある断層で、灰白色と黒色の縞模様となっています。
この断層に上はかなり広くて、畳を敷いたならば1000枚は敷けるといわれています。
そして萩市を代表する夏みかんなど柑橘類がたくさん植えられている公園があります。
それはその名もかんきつ公園です。
冬の間は閉められているものの、その他の季節であればいつでも見に行くことができます。
夏みかん100本、萩市で栽培されている甘夏や橙などの柑橘類が10種類で約380本ほどあります。
柑橘類はリラックス効果がありますので、観光を一通りして疲れた時にかんきつ公園でゆっくりと休んでいくのはオススメです。
グルメ情報
萩市のグルメといえば魚介類のおいしさでも有名です。萩市では新鮮な海鮮丼などの海の幸をふんだんに使った食事を楽しむことができます。
道の駅である萩しーまーと内にも食事処はいろいろありますが、小畑エリアで特に人気があるのが海鮮丼専門店の海鮮丼で、たっぷりといくらやウニ、刺身類が乗せてあるのに手頃な価格というのが人気の秘密です。
萩産のお魚しか使っていないというこだわりも人気の理由です。
海鮮たっぷりなお弁当やコロッケなども販売されていますので、急いでいる方でも萩のおいしい魚介類をしっかりと味わって食べることができます。
川島エリアですと果物屋さんが経営しているフルーツカフェへお出かけしてスイーツを楽しみましょう。
旬の果物を手作りのケーキやアイスクリームにふんだんに使用している上、テイクアウトもできますのでお土産にするのも良いです。
夜になるとバーになりますので、フルーツを使ったおいしいカクテルを味わってみるのも素敵です。
そして堀内や城下町エリアでは歴史好きな方にオススメの幕末パンがあります。
これはその名の通り、幕末時代つまり150年ほど前のレシピそのままで焼かれたお酒の酵母を使っているもちっとした食感のパンで、お酒のほんのりとした甘さも味わうことができます。
観光地の見どころランキング・1位
松下村塾は江戸時代末期に松本村にあった私塾です。松本村は現在でいう萩市の辺りのことです。
松下村塾で有名なのは吉田松陰です。
多くの幕末志士を輩出させた松下村塾の指導者です。
最初は松陰の叔父である玉木文之進が八畳一間の私塾を開いて松下村塾と名付けました。
吉田松陰もこちらの塾で学んだのです。
そしてその後、外叔父の久保五郎左衛門が引き継ぎ、1857年頃から吉田松陰がそれを引き継いだのです。
松陰神社の境内に当時の松下村塾の塾舎がそのまま現存しています。
建物自体は木造の瓦葺き平屋建てで、室内は塾を始めた頃からあった八畳と塾生が増えたことによって手狭となったので増設した十畳半となっています。
1889年に塾舎を保存することが決められ、屋根の漆喰塗りや壁の塗りなおしなどをした上で保存されました。
1922年には国の史跡となり、現在ではユネスコの世界遺産にも登録されています。
観光地の見どころランキング・2位
萩城跡指月公園は萩城の旧本丸の跡地に萩藩の歴代藩主を祀っている志都岐山神社ができた際に境内が指月公園として整備されました。その広さはなんと20万㎡です。
萩城自体は明治7年にほとんどの部分が解体されてしまい、現在は石垣と塀の一部が現存しているのみとなっており、その一帯は国の史跡となっています。
萩城跡指月公園の特徴はなんといっても萩城跡の構造がたくさん残されていることでしょう。
天守閣跡、梨羽家茶室、旧福原家書院、万歳橋、東園などの旧跡などを園内で見ることができます。
また藩主別邸の花江御殿に増築されていた茶室の花江茶亭は明治時代に萩城跡指月公園に移築されています。
この茶室では幕末の藩主だった毛利敬親が家臣と共に倒幕の計画を立てていたといわれています。
桜の名所でもあり、園内にはソメイヨシノが600本ほど植えられています。
観光地の見どころランキング・3位
泉福寺は松下村塾で有名な吉田松陰の菩提寺です。松陰は本堂の後ろにある位牌堂に石膏像と共に位牌が安置され、眠っています。
歴史好きな方にはオススメな理由は泉福寺の本堂には吉田家の家系図が貼られていて明治以降の吉田松陰の兄弟の写真なども見ることができます。
また松陰直筆の書も残されており、毎年5月の浜崎伝建おたから博物館で公開されていますので時期をあわせて行ってみるのも良いでしょう。
開基は玄修で、萩の毛利家縁の寺である広島にある高林坊の第四世・西願の三男でした。
寺は幾度か焼失などして再建されているものの、ご本尊の阿弥陀如来はその当時のものが現存しています。
一声かけてから本堂を見学させてもらうことができますが、その時には丁寧な吉田家などの説明もしてもらうことができるのも良いところでしょう。
まとめ
泉福寺は松下村塾で有名な吉田松陰の菩提寺です。松陰は本堂の後ろにある位牌堂に石膏像と共に位牌が安置され、眠っています。
歴史好きな方にはオススメな理由は泉福寺の本堂には吉田家の家系図が貼られていて明治以降の吉田松陰の兄弟の写真なども見ることができます。
また松陰直筆の書も残されており、毎年5月の浜崎伝建おたから博物館で公開されていますので時期をあわせて行ってみるのも良いでしょう。
開基は玄修で、萩の毛利家縁の寺である広島にある高林坊の第四世・西願の三男でした。
寺は幾度か焼失などして再建されているものの、ご本尊の阿弥陀如来はその当時のものが現存しています。
一声かけてから本堂を見学させてもらうことができますが、その時には丁寧な吉田家などの説明もしてもらうことができるのも良いところでしょう。